エッセイ
「oyadoあんしんねっと」に関する論文
お宿の安心・安全のために「できること」
1. はじめに
中小規模のホテル・旅館が抱える経営課題の中でも、後回しにされがちで取り組みきれていない課題がある。それは「災害対策活動」ではないだろうか。
ホテル・旅館としての商品・サービス・ホスピタリティの拡充を日々進めていく中で、災害発生時「いざという時」の対応策に関しては、満足のいく形で取り組めていないというのが現実であろう。
ホテル・旅館においては、この災害発生時「いざという時」の対応策も大事な商品・サービス・ホスピタリティの一つであると考える。
昨今の自然災害は、我々の経験則では対応しきれない脅威をもたらし続けている。その脅威を乗り越えるべく「公助・共助・自助」ともに努力を続けていくことで、その経験則を形あるもの「地域の防災力」にしていくしかない。
その際に、最も基本となるのが「自助」の力である。家庭・地域の自主防災会や企業などが行う日々の災害対策活動で、この取り組みがしっかりとできていることにより「地域の防災力」は高まっていく。地域に密着する存在であるホテル・旅館の「自助」としての取り組みへの期待は高まる。
来年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、更なる訪日外国人の増加とともに、全国各地における人々の行き来・滞在が増えていくことが予想される中、その観光事業としての活性化は、その後も含めて、観光立国の推進や地方創生など、日本の経済の底上げをしてくれる大きな可能性を持っている。
その可能性が大きいものである程、主体の観光面だけではなく、それらを支えるバックグラウンドとしての災害対策や福祉面での環境整備も求められてくる。人々が、行き来・滞在をする際には、その時間・空間を「安心・安全」に過ごすことができるような環境整備が重要になってくるのだ。
災害発生時「いざという時」の様々なリスクに対して、どのように対応できるのか。宿泊業としてお客様とスタッフの「安心・安全」を約さなければならないホテル・旅館においても、多様なリスクへの的確な対応ができるように常日頃から準備をしておく必要がある。「安心・安全」に対する創造力が求められる。
この章の冒頭においては「中小規模のホテル・旅館」としたが、その括りに関しては様々な定義がある。
その規模とともに、その業態(シティホテル・ビジネスホテル・リゾートホテル・旅館など)や対象とする顧客も様々である。その立地環境によっても取り組むべき災害対策活動の課題は変わってくる。
また、ホテル・旅館の災害対策活動を考えていくうえでは、ハード面(耐震・防火・防炎など)とソフト面(意識啓蒙・避難誘導策・情報伝達/共有方法・災害時要援護者の支援・地域社会との連携など)の2つの側面がある。
本論文においては、この辺りのケースバイケースの細部を一つ一つ深掘りする形ではなく、総体的な規模感での「中小規模のホテル・旅館」という括りにおいて、そのソフト面の災害対策活動という側面に対してフォーカスをしていく。
2. 中小規模のホテル・旅館における災害対策活動の現実
中小規模のホテル・旅館において災害対策活動が満足いく形で取り組めていないのには、どのような理由が考えられるであろうか。
根本的な理由としては「単独で取り組んでいくだけの十分なエネルギーとノウハウがない」ということであろう。
災害対策活動におけるキーワードの一つであるBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)。自然災害などの緊急事態に遭遇した際に、事業資産の損害を最小限に留めて、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、企業関係者があらかじめ行うべき活動や事業継続のための手法を決めておく計画のことをいう。
事前対策を含めて事業の継続・早期復旧が大きな命題になっており、「人命保護・救助」による人的被害の回避・軽減に加えて、事業の運営において重要となる資産(設備/施設・在庫品・業務プロセス・情報/データ・金融資産など)の保護や早期の機能回復も対象としている。
個別の事象毎に策定される従来型の災害対策では不十分となっており、BCPでは、未経験の事態も含めた広範な危機的事態(脅威)に対応していくことが重要とされている。
計画の基本的内容としては、次の項目などが挙げられる。
ア)事業活動において必要不可欠な重要業務の特定
イ)重要業務の維持・継続・復旧に必要な各種リソースの特定
ウ)重要リソースの保護・復旧・代替などの計画
エ)組織内外の情報伝達の仕組み
オ)意思決定権限の継承ルール
元々2005年に内閣府中央防災会議が発表した『事業継続ガイドライン』がきっかけとなり注目され、BCPを策定する動きが出てきた。しかし、東日本大震災の際には、それが機能しきれなかったケースが多く、その大きな理由として挙げられたのが、現実性と訓練が具体化されていなかった点だ。
中小企業庁のホームページにある「中小企業BCP策定運用指針」においては、中小企業の特性や実状に基づいたBCPの策定及び継続的な運用の具体的方法が分かりやすく説明されており、入門コース・基本コース・中級コース・上級コースの4つの段階設定が用意されている。
各方面にて、その重要性と普及が促されてきてはいるが、帝国データバンクの調査『事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2018年)』においては、BCP策定済みの企業は1割を超える程度で推移をしており、BCP策定は必ずしも広がりをみせていない実態が明らかとなっている。
有効なBCPを作成し確実に機能させるためには、BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)が基本となってくる。企業が自然災害などの緊急事態に遭遇した際に、中核となる事業を継続させるために必要な一連の活動を管理する経営手法のことであり、策定した計画に基づいた訓練や演習を行い、定期的に計画の見直しを行っていくことが重要となる。
ホテル・旅館が企業である以上、避けては通れないマネジメントとも言えるが、専門的なノウハウとスキルがない中で、中小規模のホテル・旅館が単独でBCM – BCPに取り組んでいくのは難しい。日々の経営活動の中で、取り組んでいくための人材や時間を確保していくことも困難であろう。
*
その他にも、中小規模のホテル・旅館において災害対策活動が満足いく形で取り組めていない理由としては、次の3つの要素が考えられる。
1)経営課題としてのプライオリティが低く 予算化が難しい
ホテル・旅館の経営課題の中でも重要な売上や利益への貢献には直接的につながらないため、プライオリティが低くなる。よって、災害対策活動に対する適切な予算を捻出していくのが難しい。
2)営業的ネガティヴ思考
災害対策活動に力を入れているということになると、あたかも災害が起きる可能性が高いということを示唆しているとお客さまに感じさせてはしまわないか?と意識する。
この点はポジティブに捉えることが大切で、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の一環として、ステークホルダー(利害関係者:お客さま・社会全体・その他)に対してアピールできる活動としていくべきである。利益追求の考え方をしないことで、上記a. の課題にも通じてくる。
3)正常性バイアス(normalcy bias)
自然災害が起きる度に「何かしなければ!」という災害対策への意識・緊張感が高まるが、暫くすると「この辺りや当館は大丈夫だろう」という自己防御的な思い込みにより、災害対策への意識・緊張感が緩んでしまう。
正常性バイアスは、災害発生時にも起こり得る。例えば、災害発生時に、ホテル・旅館の女将が「正常性バイアス」に陥ってしまったらどうなるであろうか?少し考えてみよう。
人間は、何かが起きる度に反応していると精神的に疲れてしまうので、そのようなストレスを回避するために気持ちを平穏に保とうと脳が働く。この働きのおかげで、日常生活で問題などに直面した際にも、それなりに対応をすることができる。この人間の防御作用ともいえる脳の働きを「正常性バイアス」と言う。
反面で「正常性バイアス」には注意が必要であり、災害発生時(予期しない事態に直面)などにおいては「自分は大丈夫だろう」「大したことにはならないはずだ」と思い込んでしまう形となって現れる。
ホテル・旅館が在る地域で突発的な自然災害が発生した際に、お宿の女将に「正常性バイアス」が働くと、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)により、それを正常の範囲内として捉えて心を平静に保とうとする。そうなると「正常性バイアス」は予想外の大きな力で女将の行動を制限することになる。女将は、事態の状況を咄嗟に理解・判断できずに、お客さまとお宿を守るための迅速な行動ができなくなってしまうのだ。災害発生時に最も大切な初動が遅れることになる。
この時に、女将が「落ち着いて行動する」ためには、日頃から訓練を重ねておくしかない。いざという時には、その「訓練」と同じ行動をすることで的確な対応ができるようになる。一刻も早く対応しなければならない非常事態であるにも関わらず、「正常性バイアス」によってその認識が妨げられ、的確な対応が遅れてしまうことがないようにするための「訓練」が必要不可欠となる。過去の自然災害の事例から学ぶべき教訓であり、先に述べたBCM – BCPの範疇として捉えることができる。
災害発生時「いざという時」に、女将が「正常性バイアス」に陥ることなく、冷静な率先行動をすることで適切な初動対策が行われ、お客さまやスタッフの「安心・安全」が確保される。
図表-1. 災害対策計画 -フレームワーク(筆者作成)
中小規模のホテル・旅館において災害対策活動が満足いく形で取り組めていない理由を整理すると、人・システム・金・時間という経営資源の不足と、スキル・ノウハウ・情報・認識というナレッジマネジメントの不在ということになる。これらが噛み合うことなく課題を解決することはできないが、それを中小規模のホテル・旅館において具体化していくのは極めて難しい。それが現実だ。
3. 女将たちによる共同プロジェクト「oyadoあんしんねっと」
前章までの考察は、〝お宿の安心・安全のために「できること」〟をテーマに取り組んでいるプロジェクトにおけるホテル・旅館の女将たちとの議論が背景になっている。
そのプロジェクト「oyadoあんしんねっと」は、静岡県のホテル・旅館の女将たちを中心にプロジェクトメンバーを構成し、共同で災害対策活動の推進に取り組んでいる。お宿でお客さまが安心・安全にお過ごしいただくことができるように、日々活動をしている。
★ プロジェクトメンバー(女将たちのお宿:五十音順)
おちあいろう(天城湯ヶ島)・魚庵 さゝ家(沼津市戸田)・呉竹荘(グループ)・白壁荘(天城湯ヶ島)・福住(静岡市清水区)・鮪の御宿 石上(焼津市駿河路)・○久旅館(伊豆修善寺)
株式会社オシザワ・クートマイスター
「oyadoあんしんねっと」では、前章までの考察(中小規模のホテル・旅館において災害対策活動が満足いく形で取り組めていない理由)を受けて、次の理念&ビジョンを掲げながら活動している。
【理念】共に考え、共に有することで、共に支え合っていく。
みんなで考えながら、その情報を共有し、コミュニケーションを形成していく。お宿の安心・安全のために「できること」を一緒に考える。
【ビジョン】ホテル・旅館の災害対策(ソフト面の強化)を、女将の視点を基軸に推進していく。
ホテル・旅館のホスピタリティの精神に基づき、女将の視点を大切にした思いやりのある災害対策(ソフト面の強化)を考えていく。
【活動内容】
「oyado あんしんねっと」は、B to B(事業者/ホテル・旅館)の活動を基本とする。ホテル・旅館の女将たちが、女将たちの視点で災害対策を考え、それを他のホテル・旅館の女将たちとも共有していく。災害対策活動へのホテル・旅館の女将たちの意識の向上を図り、その意識を継続させていきながら、自社の災害対策活動に役立てていただけることを目的としている。
1)3つの基本的ツールによるコミュニケーション
ホテル・旅館の女将たちとは、3つの基本的ツールをミックスしながらコミュニケーションを図っている。
① サイトの構築&運用(https://oyado-ansin.net/)
②「あんしんねっとメール」(メールマガジン)の運用
③「あんしんねっとDM」(災害対策情報誌)の送付
災害発生時だけではなく普段からも役に立つホテル・旅館の女将たちの災害対策に関する知恵(情報・アイデアなど)を発信・共有。継続的なコミュニケーションを図っている。
2)「女将の安心こころ包み」のアプローチ
静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合の女性部「あけぼの会」において企画・監修・開発された「女将の安心こころ包み」(静岡県の委託事業)。「oyado あんしんねっと」では、この女将たちの思いが詰まった商品を、お宿の災害対策のツールとして、全国のホテル・旅館に対して提案をしている。
「女将の安心こころ包み」は、ホテル・旅館において、普段は売店などで販売(在庫)をしながら、災害発生時の必要な際には、在庫分を備蓄品として、ご宿泊中でお帰りになられるお客さまには無償でお配りをしていくというコンセプトで開発された。「販売(在庫)」で「備蓄」をするという考え方である。
売店などで販売をされる場合の商品説明用の資材なども各種用意をしていく。
今後も女将たちの様々な意見をヒアリングしながら、必要となる改良なども加えて、商品としての完成度を高めていく。
4.「女将の安心こころ包み」の商品開発に込めた女将たちの思い
「女将の安心こころ包み」は、危機管理意識が高い静岡県のホテル・旅館の女将たちの強い思いから生まれた災害対策関連商品である。
静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合の女性部「あけぼの会」において『女将の地震初動マニュアル』(静岡県の委託事業)が作成された際に、女将から挙がっていた課題があった。それは、災害発生時に「お客さまをお宿にお引き留めするか否か‥」「お客様に安心してお帰りいただくためには、どうしたら良いか?」というテーマである。
議論を進めていく中で、お帰りになられるお客さまがいる場合には、緊急時に役立つ「おもてなし袋」みたいなものをお渡ししてはどうかということになった。そのアイデアを形にしていこうと、ワークショップを開催しながら取り組みを続けて、「女将の安心こころ包み」が商品化された。
「女将の安心こころ包み」には、災害発生時に困ること(トイレ・寒さ暑さ・救援呼掛け)を想定したお役立ちアイテムが入っている。災害発生時にホテル・旅館にご宿泊のお客さまがお帰りになられる際にお渡しすることをコンセプトに開発されたが、災害発生時だけではなく日常的にも活用できる設計になっている。
コンパクトなポーチタイプにすることで、災害対策用品としての基本的概念の「備える」に「携帯できる」というコンセプトを付加。「バッグの中でかさばらない」「重たくない」から、いつでもバッグインバッグで携帯できることで「普段使い」と「災害発生時にも役立つ」という二つの利便性を併せ持つ。
車のグローブボックスなどへコンパクトに収納をしておけば、日常的にも災害発生時にも役立つ。車との親和性は高く、渋滞時のトイレ対策にもなるうえ、災害発生時に車などに閉じ込められてしまった場合など、備えあれば憂いなしだ。静岡県内のタクシー会社においてもご採用いただいている。ホテル・旅館の災害対策ツールとしてだけではなく、その他業界や団体・個人への提案活動もしている。
写真-1. 女将の安心こころ包み
◆「女将の安心こころ包み」に入っている災害対策用品 その用途と特長(災害対策用品基本セット)
- 女将の安心こころ包み(ポーチ本体)
「女将の安心こころ包み(ポーチ本体)」は、広げれば 100×100cmの風呂敷状のシートになる。普段から色々な使い方もできるし、災害発生時においては、避難仕様の肩掛けバックやリュックサックなどにも変身したり、三角巾や目隠し・日除けなどとしても活用することができる。
一辺には10cm間隔で切り込みが入っているので、手で簡単に切り裂くことができ、結んだり、ねじったり‥して、応急マスク・包帯・太紐などとして活用することができる。活用方法はアイデア次第である。
※普段からの使い方(一例):買物袋(エコバッグ)/ 各種キャリーバッグ(リュックタイプ・ショルダータイプ・襷掛けタイプ)/ 旅行時サブバッグ / ベビーカー用荷物収納袋 / ラッピング / エプロン / 埃よけ / テーブルクロス / レジャーシート / マフラー / スカーフ / ショール / ブランケット・膝掛け(冷房対策)など
- お品書き
災害発生時における「女将の安心こころ包み(ポーチ本体)」の基本的な使い方をマニュアル的に紹介。
- 防寒・防暑用スペースブランケット
災害発生時、防水性/防寒・防暑効果により多目的な使用ができ、遭難時には光の反射で、居場所を知らせる。雨よけ・目隠し・毛布の代わりなどとして活用できる。
- 携帯ミニトイレ
災害発生時だけではなく、外出先や渋滞中の車の中など、いざという時に役立つ。受け口が広い安心設計になっており、男女問わず使用できる。
- 結び紐
紐一本あれば、包みの布がバックにもリュックサックにも早変わり。
- ホイッスルキーホルダー
助けを呼ぶ時の笛として利用でき、暗闇を照らすライトも付いている。
- 安全ピン
もしもの時に活躍する安全ピンは侮れない万能ツールである。
- 安心カード
災害対策に関する情報記入欄や、知識・知恵などを掲載している。連絡先、名前など個人の情報、緊急時の連絡先を明記しておく。
「女将の安心こころ包み」は、普段から持ち歩いて活用をしていただくことで、もしもの時にも役立つ。
5つのポケット(内1・外1・横2・底1)があり、災害対策用品基本セット以外にも色々とプラスしていくことができる(災害対策用品プラスセット)。普段ご使用になるアイテム、災害発生時に役に立ちそうなアイテムなど、各自で必要となるものをピックアップし工夫をしていくことで、自分にとって使い易く携帯できる災害対策用の「心強い包み」になっていく。
※災害対策用品プラスセット「女将の安心こころ包み」に入れておくと災害発生時に役立つもの(一例):防災用ウエットティッシュ / ティッシュ / マスク(個包装)/ 常備用カイロ / メモ帳・付箋&ペン / ハサミ(コンパクト・安全仕様)/ ミニ裁縫セット / 鏡(コンパクト)/ eco便利バッグ(ビニール袋)/ 綿棒 救急セット(絆創膏・脱脂綿)/ お薬手帳 / 保険証のコピー / 10円玉(災害発生時の公衆電話用)など
5.「oyado あんしんねっと」の今後の活動と展望
今後は、災害対策活動におけるホテル・旅館の女将たちとのコミュニケーションを更に深めながら、活動の付加価値を生み出していくために、次のツールの展開を考えている。
①「あんしんねっとFAX」の送付
ホテル・旅館にとって役に立つ災害対策情報を定期的にお届けしていく。
コンテンツ案:災害対策情報 / 女将さんインタビュー / お薦め災害対策用品 / コラム / 各種企画のご提案 / ご相談に対するアドバイス(WEBお問い合わせ)など
②「あんしんねっとリサーチ」による情報収集と共有
「あんしんねっとメール」「あんしんねっとDM」「あんしんねっとFAX」にて、アンケート企画を実施。戦略的なアンケート企画を段階的に計画することで、相互のコミュニケーションを活性化させていく。アンケート企画によって収集されるデータは、その都度、集計・考察・分析・結果報告書にまとめて共有し、データベース化して活用をしていく。
③「あんしんねっとファイル」によるマニュアル化(ペーパー)
専用のファイルに災害対策情報をペーパーにてストックをしながら、マニュアル化していくことができる。
→ファイルのストック方法:「あんしんねっとメール」からのダウンロード「あんしんねっとDM」「あんしんねっとFAX」「あんしんねっとリサーチ」などから収集
→随時差替えを可能にすることで、マニュアルとしての改訂や、バージョンアップを簡単に行うことができる(定期的・継続的かつ低コストにてマニュアルを進化させていくことができる)。
④ 災害対策における商品・サービスの企画・開発・販売
「女将の安心こころ包み」に続く災害対策関連商品・サービス(第二弾)
⑤ 災害対策関連商品の販売
オンラインオーダーの整備
⑥ 災害対策に関する各種ご提案
災害対策アドバイザーとしての役割を担う
→④⑤⑥に関しては収益化を図り、本プロジェクトを事業として持続的なものにしていくための運用費の原資としていく。
図表-2. oyadoあんしんねっと / 概念図(筆者作成)
繰り返しになるが、「oyado あんしんねっと」は、B to B(事業者/ホテル・旅館)の活動を基本とする。ホテル・旅館の災害対策活動への意識の向上を図り、その意識を継続させていきながら、自館の災害対策活動に役立てていただけることを目的としている。そこには災害対策活動を通じてのホテル・旅館のコミュニティを形成して、相互に情報を発信・共有しながら、同じ課題を抱えているホテル・旅館にとってのユニバーサルかつ有益なコンテンツを充実させていく。
一方では、B to C(お客さま/ホテル・旅館の利用者)の作用として、お客さまがホテル・旅館の災害対策への認識を深めて、ご利用の際の安心感を醸成していただけるようにしていきながら、お客さまにとっても災害対策を考える機会になるような情報提供を心掛けていく。災害発生時「いざという時」のお客さまの行動のお役にも立てるようにしていきたい。
今後は、より多くのホテル・旅館の女将たちとのコミュニティを形成し、活性化をさせて、そのコミュニケーションのパワーを源泉に、ホテル・旅館の女将たちとともに日々の活動を積み上げていく。
6. 結び
本活動の原点となっている女将たちの言葉がある。
「災害発生時でもお客さまの〝いのちの安全・こころの安心〟のために できる限りのおもてなしをしたい」
「oyado あんしんねっと」は、プロジェクトとして歩み出したばかりである。道のりは遠いが、理念とビジョンに向き合い、その女将たちの思い〝お宿の安心・安全のために「できること」〟を形にしていきたい。
お宿で、お客さまが安心してお過ごしいただくことができるように。
[参考文献・データ]
・中小機構調査研究報告書「中小旅館業の経営実態調査」/ 独立行政法人中小企業基盤整備機構 経営支援情報センター(2017年3月)
・経済産業省 / 事業継続計画策定ガイドライン
・内閣府中央防災会議 / 事業継続ガイドライン
・中小企業庁 / 中小企業BCP策定運用指針
・事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2018年)/ 株式会社帝国データバンク
・経済・経営用語辞典 / 日経ビジネス
・内閣府 / 避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン
・新)人は皆「自分だけは死なない」と思っている:山村 武彦 (著) / 宝島社 (2015年4月)
・災害・防災の心理学―教訓を未来につなぐ防災教育の最前線:木村 玲欧 (著) / 北樹出版 (2015年1月)
・女将の地震初動マニュアル / 静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合女性部「あけぼの会」
・新年研修会 アンケート企画(2016年)/ 静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合女性部「あけぼの会」
・宿泊客安全対策研修会ワークショップ資料(2016年)/ 静岡県ホテル旅館生活衛生同業組合女性部「あけぼの会」
コーヒーにまつわるエッセイ集
『コーヒーは、タイムスクリーン。』
三十歳を過ぎて、これからの仕事や将来について色々と考えていた。これまでは自分のやりたいようにやってきたつもりだ。ただ、その気持ちとは裏腹に、何となく漠然とした不安や焦りを感じ始めている時だった。
そんな時に、諸々の仕事が一段落しようとしていたので、思い切って会社に長期休暇を願い出た。そして前からずっと行ってみたいと思っていたスペインのバルセロナに出かけた。
バルセロナの中心街にある安価なホテルに拠を構える。愛用のペンとスケッチブックを持って、ガウディの建築やカタルーニャの風景などを見て歩く。気ままな一人旅だ。バルセロナの街は、活気にあふれていた。覚えたての言葉を頼りに、現地の人に声を掛けたりもする。芸術・スポーツ・料理など、バルセロナのエネルギーを満喫し、刺激も受ける。この旅の時間を無駄にすることのないように、精力的に歩き回った。
*
その日は、フィゲラスという街にあるサルバドール・ダリの美術館を見に行くために早起きをして、バルセロナのサンツ駅へと向かった。
切符を買って、駅の改札近くで列車の出発時間を待っていると、大きな声で駅員とやりとりをしている若者が目に止まった。背中を向けているが、どうやら日本人のようだ。腕時計をしきりと指さしながら、駅員に詰め寄っている。しばらくすると、改札を通してもらい、リュックを片方の肩に担ぎ上げると、慌てて走っていった。
私も出発の時間が近づいてきたので、列車に乗り込んだ。フィゲラスは、バルセロナから特急列車に乗って二時間程かかるフランスとの国境に近い地方都市だ。バルセロナの喧噪とは対照的で、とても静かで落ち着いていた。日帰りの慌ただしい行程ではあったが、ダリのクリエイティブのルーツを感じることができて楽しかった。
その夜、バルセロナに着くとさすがに疲れて、ガイドブックを頼りに、ホテルに向かう途中にあるレストランに入った。数組の客がいるが、どうやら地元の人たちのようだ。カタルーニャ語で楽しそうに話をしている。店の一番奥の席に案内されて、イカスミのパスタとコーヒーを注文し、ようやくひと息ついた。旅の時間も残りわずかだ。
イカスミのパスタを楽しんだあと、持っていたミネラルウォーターをごくりと飲み干した。そして、食後に運ばれてきたコーヒーを飲み始めると、カランコロンと鐘の音が鳴り響き、店の入り口のちょっと古ぼけた感じの扉が開いた。
コーヒーから香り立つ湯気の向こう側に、二十歳前後と思われる日本人の若者が入ってきて、入り口すぐ近くの席についた。背格好ですぐにわかったが、今朝、駅で見かけた若者であった。ちょうど、店の入り口と奥で、私と向き合う形だ。間には、何席かテーブルがあるので、距離は少し離れている。若者は、メニューを見ると、イカスミのパスタとコーヒーを注文した。そして、おもむろにガイドブックを開くと、店員に何かを聞いている。目を輝かせながら、店員を見上げて突き上げるようにやりとりをしている。
ふっと不思議な感覚にとらわれて、コーヒーを飲みながら、なんとなくその若者を見ていると、あることに気がつき驚いた。若者は、その頃の私にそっくりなのである。いや、私自身かもしれない。まるで、店の真ん中にスクリーンがあって、その頃の自分を映し出しているように感じた。
若者は、運ばれてきた料理を早々に平らげると、もう一度ガイドブックをひろげながら店員に何かを確認している。そして、うなずくと、コーヒーを一気に飲み干し、足早に店を出ていった。カランコロンという鐘の音を鳴らしながら、扉が閉まった。私は、手にしていたコーヒーカップをソーサーの上に置くと、自分の心の中にあった不安やあせりの正体がわかったような気がした。
最近の私は、無意識に現状に満足しようとしていたのだ。それによって、「自分らしさ」という一番大切なものを失いつつあることに不安やあせりを感じていたのだ。コーヒーを一杯楽しむ間の数分の出来事であったが、それは、その一番大切なことに気がつかせてくれた。
支払いを済ませて、ドアを開けると、私の耳元でカランコロンと小気味の良い音が響いた。何かがふっきれて、清々しい気分で賑やかな夜のバルセロナの街を歩き始めた。
「いつでも自分らしくありたい。」
何かで壁にぶつかったり、立ち止まった時に、コーヒーは、その時の場面を思い起こさせてくれる。四十代になったいまも、そしてこれからも…。
サグラダファミリア、空に向かって。
サグラダファミリアを見て歩く。
※30代にバックパック一つで旅したスペインのバルセロナ。その時のことを綴ったエッセイです。今でも、コーヒーを飲んでリラックスしていると、思い出します。写真は、まだデジタルカメラのなかった時代に撮ったアナログのものです。
『佐渡島とキャンプとインディアンコーヒー』
20代前半、仕事と東京の喧噪から ちょっとだけ離れようと、友人と2人で、急に思い立って、行き当たりばったりの旅に出ました。本格的な夏が始まる ちょっと前の頃だったと思います。
金曜日の昼飯を食べながら、急に思い立ったので、その日、夜遅く家に帰ると、とりあえず何も考えずに、準備をしました。最低限のキャンプアイテムというか、飯盒とか、ご飯を食べるために使えそうなもの…、あと友人は確かシュラフを持ってきたけど、私はその時手元になかったので、代わりになりそうだということで、ガサゴソと部屋のカーテンを取り外して、丸めてリュックにくくりつけて、次の日、出掛けました。
友人と合流して、佐渡島にでも行ってみようかということで、何となく電車とかを乗り継いで、信越方面に向かいました。新潟駅に着いて、駅前を歩いていると、一軒の珈琲店を見かけます。
「インディアンコーヒーって知ってる?」
友人が答える間もなく、私は、
「片岡義男の本で、その主人公が旅先で、“インディアンコーヒー”というのを楽しむ場面があって、今それを思い出したんだ。」
と続けて、それをやってみたくなったということで、その店で珈琲豆を100g買って、リュックに詰め込みました。
*
新潟港からフェリーに乗って、佐渡島の両津港に着きましたが、まったく当てのない旅なので、気の向くまま暫く歩いてみました。
商店街らしきところに来てみると、米穀店があったので、とりあえず主食となる米と缶詰などを買い、どこかにキャンプとかが出来る場所はないか?と、店のおじさんに聞いてみました。じゃぁ、そこら辺りまで連れてってくれるということで、その店の軽トラの後ろの荷台に乗せてもらいました。どれ位走ったのか、畦道をガタゴトと揺られて、確か、この辺りにあったよ…、ということで、適当なところで降ろしてもらいました。
キャンプ場の看板を見つけて行ってみると、まだシーズン前なのか閉まっています。辺りはシーンと静まり返り、夕焼け空が広がり始めていました。
周りを見渡しても、田んぼと畦道が続いて、とても旅館やホテルとかがありそうな雰囲気ではありません。どうするかな?ということで歩いていると、ちょっと先に、小さな神社が見えてきました。さすがに、その頃には辺りは暗くなっていたので。その神社でお参りをして、境内の隅っこに泊まらせてもらうことにしました。
ちょっと一息ついてから、軽目の夕食を済ませて、とりあえず寝床を確保しようということで、準備を始めます。しかし、場所が場所だけに、辺りの真っ暗さとあいまって、無償に怖くなってきました。不安を取り払うために、気休めでしかありませんが、持っていた蚊取り線香を、360°八方に全部点けて並べてみました。遠くで、犬の泣き声が聞こえて、心細くなり、そそくさと寝床に収まりました。夜空一面の星を眺めながら、二人で話をしているうちに旅の疲れのおかげで、いつのまにか朝まで眠りについてしまいました。
*
夜露が冷えて寒くなり、早朝に目が覚めました。簡単な朝食を用意してから、インディアンコーヒーの準備を始めます。うる覚えの曖昧な記憶を頼りにやってみます。
まずは、飯ごうの蓋をフライパン変わりに、買っておいたコーヒー豆を軽く炒ってみる。そして、そのコーヒー豆を、バンダナの中に収めてくるむ。それを、ちょっと大きめの石でドンドンと叩いて豆をつぶす。念入りに細かくつぶす。粉々になった豆をバンダナから取り出し、今度は、飯盒の本体の方に入れる。それに二人分の水を注ぎ、火にかけて煎じていく。時折、かき回しながら様子を見ていく。
「おっ、コーヒーの色が出てきた。」
上手くいくかなと思いつつ、また暫くかき回しながら様子を伺う。
「何か、薄ーいコーヒーやな。」
いくら待っても、それ以上のコーヒー色が出てこない。麦茶よりも薄いままだ。仕方なくカップに注いで飲んでみます。
「美味くないなぁ。作り方あってるんか?」
「うる覚えやし、そう言うな。」
インディアンコーヒーは味気ないものだったが、夜露で冷えた身体には、とても心地良かった。私たちと同じように、夜露に濡れて寒そうにしている子犬が、クンクンと気になる様子で、近くに寄ってきました。そんなに濃くないコーヒーなので大丈夫かなと思い、飯盒の蓋に注いであげます。美味しそうに飲んでくれたので、つられて二人も全部飲み干しました。