マイ エッセイ


コーヒーにまつわるマイ エッセイ集です。

 

『コーヒーは、タイムスクリーン。』

三十歳を過ぎて、これからの仕事や将来について色々と考えていた。これまでは自分のやりたいようにやってきたつもりだ。ただ、その気持ちとは裏腹に、何となく漠然とした不安や焦りを感じ始めている時だった。

そんな時に、諸々の仕事が一段落しようとしていたので、思い切って会社に長期休暇を願い出た。そして前からずっと行ってみたいと思っていたスペインのバルセロナに出かけた。

バルセロナの中心街にある安価なホテルに拠を構える。愛用のペンとスケッチブックを持って、ガウディの建築やカタルーニャの風景などを見て歩く。気ままな一人旅だ。バルセロナの街は、活気にあふれていた。覚えたての言葉を頼りに、現地の人に声を掛けたりもする。芸術・スポーツ・料理など、バルセロナのエネルギーを満喫し、刺激も受ける。この旅の時間を無駄にすることのないように、精力的に歩き回った。

*

その日は、フィゲラスという街にあるサルバドール・ダリの美術館を見に行くために早起きをして、バルセロナのサンツ駅へと向かった。

切符を買って、駅の改札近くで列車の出発時間を待っていると、大きな声で駅員とやりとりをしている若者が目に止まった。背中を向けているが、どうやら日本人のようだ。腕時計をしきりと指さしながら、駅員に詰め寄っている。しばらくすると、改札を通してもらい、リュックを片方の肩に担ぎ上げると、慌てて走っていった。

私も出発の時間が近づいてきたので、列車に乗り込んだ。フィゲラスは、バルセロナから特急列車に乗って二時間程かかるフランスとの国境に近い地方都市だ。バルセロナの喧噪とは対照的で、とても静かで落ち着いていた。日帰りの慌ただしい行程ではあったが、ダリのクリエイティブのルーツを感じることができて楽しかった。

 

その夜、バルセロナに着くとさすがに疲れて、ガイドブックを頼りに、ホテルに向かう途中にあるレストランに入った。数組の客がいるが、どうやら地元の人たちのようだ。カタルーニャ語で楽しそうに話をしている。店の一番奥の席に案内されて、イカスミのパスタとコーヒーを注文し、ようやくひと息ついた。旅の時間も残りわずかだ。

イカスミのパスタを楽しんだあと、持っていたミネラルウォーターをごくりと飲み干した。そして、食後に運ばれてきたコーヒーを飲み始めると、カランコロンと鐘の音が鳴り響き、店の入り口のちょっと古ぼけた感じの扉が開いた。

コーヒーから香り立つ湯気の向こう側に、二十歳前後と思われる日本人の若者が入ってきて、入り口すぐ近くの席についた。背格好ですぐにわかったが、今朝、駅で見かけた若者であった。ちょうど、店の入り口と奥で、私と向き合う形だ。間には、何席かテーブルがあるので、距離は少し離れている。若者は、メニューを見ると、イカスミのパスタとコーヒーを注文した。そして、おもむろにガイドブックを開くと、店員に何かを聞いている。目を輝かせながら、店員を見上げて突き上げるようにやりとりをしている。

ふっと不思議な感覚にとらわれて、コーヒーを飲みながら、なんとなくその若者を見ていると、あることに気がつき驚いた。若者は、その頃の私にそっくりなのである。いや、私自身かもしれない。まるで、店の真ん中にスクリーンがあって、その頃の自分を映し出しているように感じた。

若者は、運ばれてきた料理を早々に平らげると、もう一度ガイドブックをひろげながら店員に何かを確認している。そして、うなずくと、コーヒーを一気に飲み干し、足早に店を出ていった。カランコロンという鐘の音を鳴らしながら、扉が閉まった。私は、手にしていたコーヒーカップをソーサーの上に置くと、自分の心の中にあった不安やあせりの正体がわかったような気がした。

最近の私は、無意識に現状に満足しようとしていたのだ。それによって、「自分らしさ」という一番大切なものを失いつつあることに不安やあせりを感じていたのだ。コーヒーを一杯楽しむ間の数分の出来事であったが、それは、その一番大切なことに気がつかせてくれた。

支払いを済ませて、ドアを開けると、私の耳元でカランコロンと小気味の良い音が響いた。何かがふっきれて、清々しい気分で賑やかな夜のバルセロナの街を歩き始めた。

「いつでも自分らしくありたい。」

何かで壁にぶつかったり、立ち止まった時に、コーヒーは、その時の場面を思い起こさせてくれる。四十代になったいまも、そしてこれからも…。

 

サグラダファミリア

サグラダファミリア、空に向かって。

スペイン-バルセロナ

サグラダファミリアを見て歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

『佐渡島とキャンプとインディアンコーヒー』

20代前半、仕事と東京の喧噪から ちょっとだけ離れようと、友人と2人で、急に思い立って、行き当たりばったりの旅に出ました。本格的な夏が始まる ちょっと前の頃だったと思います。

金曜日の昼飯を食べながら、急に思い立ったので、その日、夜遅く家に帰ると、とりあえず何も考えずに、準備をしました。最低限のキャンプアイテムというか、飯盒とか、ご飯を食べるために使えそうなもの…、あと友人は確かシュラフを持ってきたけど、私はその時手元になかったので、代わりになりそうだということで、ガサゴソと部屋のカーテンを取り外して、丸めてリュックにくくりつけて、次の日、出掛けました。

友人と合流して、佐渡島にでも行ってみようかということで、何となく電車とかを乗り継いで、信越方面に向かいました。新潟駅に着いて、駅前を歩いていると、一軒の珈琲店を見かけます。

「インディアンコーヒーって知ってる?」

友人が答える間もなく、私は、

「片岡義男の本で、その主人公が旅先で、“インディアンコーヒー”というのを楽しむ場面があって、今それを思い出したんだ。」

と続けて、それをやってみたくなったということで、その店で珈琲豆を100g買って、リュックに詰め込みました。

*

新潟港からフェリーに乗って、佐渡島の両津港に着きましたが、まったく当てのない旅なので、気の向くまま暫く歩いてみました。

商店街らしきところに来てみると、米穀店があったので、とりあえず主食となる米と缶詰などを買い、どこかにキャンプとかが出来る場所はないか?と、店のおじさんに聞いてみました。じゃぁ、そこら辺りまで連れてってくれるということで、その店の軽トラの後ろの荷台に乗せてもらいました。どれ位走ったのか、畦道をガタゴトと揺られて、確か、この辺りにあったよ…、ということで、適当なところで降ろしてもらいました。

キャンプ場の看板を見つけて行ってみると、まだシーズン前なのか閉まっています。辺りはシーンと静まり返り、夕焼け空が広がり始めていました。

周りを見渡しても、田んぼと畦道が続いて、とても旅館やホテルとかがありそうな雰囲気ではありません。どうするかな?ということで歩いていると、ちょっと先に、小さな神社が見えてきました。さすがに、その頃には辺りは暗くなっていたので。その神社でお参りをして、境内の隅っこに泊まらせてもらうことにしました。

ちょっと一息ついてから、軽目の夕食を済ませて、とりあえず寝床を確保しようということで、準備を始めます。しかし、場所が場所だけに、辺りの真っ暗さとあいまって、無償に怖くなってきました。不安を取り払うために、気休めでしかありませんが、持っていた蚊取り線香を、360°八方に全部点けて並べてみました。遠くで、犬の泣き声が聞こえて、心細くなり、そそくさと寝床に収まりました。夜空一面の星を眺めながら、二人で話をしているうちに旅の疲れのおかげで、いつのまにか朝まで眠りについてしまいました。

*

夜露が冷えて寒くなり、早朝に目が覚めました。簡単な朝食を用意してから、インディアンコーヒーの準備を始めます。うる覚えの曖昧な記憶を頼りにやってみます。

まずは、飯ごうの蓋をフライパン変わりに、買っておいたコーヒー豆を軽く炒ってみる。そして、そのコーヒー豆を、バンダナの中に収めてくるむ。それを、ちょっと大きめの石でドンドンと叩いて豆をつぶす。念入りに細かくつぶす。粉々になった豆をバンダナから取り出し、今度は、飯盒の本体の方に入れる。それに二人分の水を注ぎ、火にかけて煎じていく。時折、かき回しながら様子を見ていく。

「おっ、コーヒーの色が出てきた。」

上手くいくかなと思いつつ、また暫くかき回しながら様子を伺う。

「何か、薄ーいコーヒーやな。」

いくら待っても、それ以上のコーヒー色が出てこない。麦茶よりも薄いままだ。仕方なくカップに注いで飲んでみます。

「美味くないなぁ。作り方あってるんか?」

「うる覚えやし、そう言うな。」

インディアンコーヒーは味気ないものだったが、夜露で冷えた身体には、とても心地良かった。私たちと同じように、夜露に濡れて寒そうにしている子犬が、クンクンと気になる様子で、近くに寄ってきました。そんなに濃くないコーヒーなので大丈夫かなと思い、飯盒の蓋に注いであげます。美味しそうに飲んでくれたので、つられて二人も全部飲み干しました。
いつものカップで、コーヒータイム。